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2008年11月 9日

作文指導で一番大切なのは、思いを引き出してやること

 普段、模試を運営する会社の発表などを聞いても、あまり共感することもないのですが、学研の6月に行われた小論文対策の説明会でいただいたという資料を見て、模試の会社にいる人でも、本質的なことを考えている人もいるのだと思わせられる記述に巡り会ったので、これを元に、「作文の添削」について考えてみます。
 私が巡り会ったという記述は、以下のような2ページでした。
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小論文指導のポイントは《対話》
・生徒との「対話」を前提として答案を読む
・答案の細かい部分にこだわるのでなく、生徒の「言いたいこと」をつかまえ、簡単にコメントする
・いいところを見つけ、積極的に評価する
・不完全・不明確な部分があっても、単純に否定しない
・問題点を「問い」として投げ返し、やりとりをする過程が先生の指導の本質
・生徒のなかで漠然としている思いに形を与えていく
・細かな「赤入れ」よりも、5分間の対話を!
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添削の違い→「対話」
★専門の添削者
・生徒の答案で不完全な部分、明らかにおかしいと思われる部分を単に指摘するだけでなく、具体的にどう直すべきか示さなければならない。

★先生の添削
・不完全な箇所や不明な箇所については、「問い」として投げかけ、生徒と「対話」する。
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こぢんまりとまとまった文章で満足してはいけない

 読書感想文コンクールに出品するような文章で、全クラスが宿題で書いてきた中から候補作を選ぶとして、あなたならどういう選考基準で、候補を選ぶでしょうか。

 この場合多くの人が選ぼうとするのが、提出された文章が、文章として、言いたいことが分かり、ある程度まとまった文章です。
 ところが、これまた多くの場合、読書感想文の宿題に、生徒がそれほど時間をかけて心血を注いで完成品を提出したというようなことは、まずありません。
 その結果、どのような作品が選ばれるかというと、内容に深まりはないけれども、一応こぢんまりとまとまっているつまらない作品です。
 文章にねじれなどなく、一応の読みやすい文章の形にはなっているけれども、どこかで聞いたような建前か、よい子の発言か、そのようなものです。

 だいたい、大人でもそうですが、ほとんどの高校生は、自分の思考を苦労して、文章として形にしていくという訓練をほとんどしてはいません。
 ですから、ちょっと書こうとしたぐらいで、すらっと読めてしまう文章を書いているということは、つまり、それだけの浅い内容でしか、考えられていないからだということも、極論するならあるわけです。
 そんなものを、さらに文章の細部を「推敲」してコンクールに出品したとしても、もともとののっぺらぼうの顔に化粧をごてごて施して、さらに中味がないことをストレートに伝えてしまう文章に仕立て上げさせるだけですから、まず賞をもらうことなどできるはずがありません。

 就職・進学用の作文、小論文、志望理由書にしても、「書いてきなさい」といって、生徒が次の日にそつなくまとめてくるとしたら、その中味は、「書いてあってもなくても、評価には影響しない」、つまりゼロカウントにしかならないような文章であることが多いです。
 われわれ文章の指導者は、「生徒の能力は元々この程度なんだから」と見くびって、その程度のレベルで満足してしまっていることが結構多いように私は思います。
 しかしそのようなことで満足して、生徒に思考を深めさせる努力を要求しないで終わってしまっているとしたら、それは、その生徒にとって、とても不幸なことではないでしょうか。

就職・進学のための作文は、作文指導の絶好の好機

 先ほども書いたように、我々は多くの場合、思考の材料になる個々の思いの断片から、それを言いたいことという一つながりの内容にまとめ、一つの文章として形を与えていくというようなことを、本気ではやったことがありません。
 その結果、自分でこれをやることができる人というのは、極端に少ないはずです。
 そして、それを自分でできなければ、誰かが手助けして、「思考をまとめて、文章を書くとはこういうことですよ」と、その子が今書こうとしているまさにその例題で、助言を与えて、実際に行わせて、実地に体験することを通して、身につけさせてやる。
 そういうことが必要です。

 もしそのような体験を、高校在学中に一度でも二度でも体験していれば、それがその子にとって、文章を書くための原体験となって、次に文章を書くときに、必ずや大きなバックボーンになっていくと、私は考えています。

 このように考えるなら、読書感想文提出用に、推敲を加えて提出するための候補に選ばれた、もしくは、進学・就職のために、嫌でも文章を仕上げなければならないという状況は、その子に作文体験を与える絶好の好機なのです。
 私は、そのように考えて、指導をしています。
 そういう体験を与えて、さらに入賞することで自分の文章力に自信を持たせることができれば、その子にとっては、それが、大きな財産になるはずだからです。

言いたい内容があるかどうかが最重要

 さて、それでは、就職・進学で、力を発揮し、読書感想文コンクールで、入賞をねらえる文章を書かせるためにはどうするかです。
 そのためには、とにかく「自分が本気で言えること」「言いたいこと」を、見つけ出してくることから始めなければなりません。
 ありきたりな内容で、自分の頭からすぐに表現が浮かんでくる、出来合いの、自分ではそれほど本気で感じていないような表現は、ひとまず押さえて、「本当に自分が感じていることは何なのか」を見つけさせるようにします。
 それで、何か書こうとして、書いてくれば、それを参考にして、「何をその生徒が感じているのか」を察してやって、そちらの方向にきちんとたどり着くように、そして、そのようにたどり着いたのが、自分自身の力であるかのように錯覚させるように、道筋を付けてやるのです。

言いたい内容が見つからないというのが一番の困難な壁

 この表題で書いたように、「言いたい内容が見つからないというのが、文章を書くに当たっての一番の困難な壁」なのです。
 就職・進学用の作文なら、そんなものがなくても、逆立ちしてでも、どこかからでもとにかくひねり出すようにしなければいけません。
 ですが、これはとにかく一番重要であると同時に、いちばん困難なことでもあります。
 ですから、読書感想文の書き直し候補を私が選ぶとすれば、そこでできあがった形は置いておいて、とにかく「その文章で何か訴えたいことがあるかどうか」、「熱意を持って語っていることがあるかどうか」を見ます。
 それが、何か我々が共通に持っているものに訴えかけていく方向に向かう可能性があるなら、添削して、文章修行させてみる価値は、十分にあります。

生徒の言葉にならない本当に言いたいことを見つけさせるという意味では、「対話」

 私が業者の添削をあまり信用しないのは、提出された文章に、何らかのもっともらしい「指導」をいっぱい加えなければならないので、文のねじれや誤字。表面的な文章表記上の問題点から始まって、元々の文章にそういう方向性すらないのに、「この問題については、こういうことも書いてみれば、視野が広がりますよ」と、こういう書き込みを、これでもかというぐらいするからでしょうか。
 そういう書き込みを信じて、もともと思ってもいないことを、やっぱり浅い問題意識で付け加えれば、取りあえずは、広く浅くのそれらしいが中味のない文章は、仕上がるのかもしれません。
 しかしそれは、自分の感じていることを、見つめ直して、それを深く捉えて文章化するような文章体験にはつながっていきません。
 もっともらしい、中味のない、形だけ整ったかのように見せかけた文章を作る訓練をさせて、訓練をしているような錯覚に陥らせるだけ。

 もちろん、「自分が感じていること」といっても、元になる題材が、浅いレベルでしか感じていないのであれば、その感じているレベルを深めるために、「こういうことを、考えてみようよ」とアドバイスする必要がある場合はたくさんあります。
 むしろそのような場合の方が、多いといえるかもしれません。
 しかしその場合、「何かを考えてみよう」というアドバイスをするとすれば、「この方面については、普通なら、こういう事に対する考察が必要」というような、表面的なレベルでの発想からではなくて、生徒の元になる発想に欠けている部分、それが考えられれば、元の発想がより深くなる部分にスポットを当てて考えさせていくというような視点からのアドバイスでなければならないということを、ここでは改めて強調しておきたいと思います。

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コメント (2)

たんぽぽ さくら:

物事を浅く考えていたり、
自分の世界観だけで結論づけている人へのコメントは、ちょっと苦労します。

「私は、サッカーを9年間やり続けていたので根性があります。
だからやると決めたことは最後までやる自信があります。」
「弓道をやりつつげて集中力を養いました。
だから研究職についたときの集中力には自信があります。」
「向上心が私の強みです。小さなことにも目標を決め、
たとえばこの本を1日で読み切ると決めたら、何が何でも読み切ります」
「高校の時、マネージャーをしてみんなに感謝されました。
こんな私だから、縁の下の力持ちの事務員になりたいです。」

「それがなにか?」「またきたかあ…」って思うときがあります。
価値観の元になるものを見つめていただいたり、
自己理解を深めていただけるように
そしてもっとはっきりした根拠をあげていただけるように問いかけはしています。
そうしてもらえないと、作文に深みが出せないからです。
しかし一回だけの一方通行の添削ではさほどの期待はできません。
高校までに育てておいていただきたい感覚です。

添削者としては、あとは願うのみです。合格を。

Neko Fumio:

たんぽぽさくらさん
 通信添削をなさっている方に対する配慮に欠けていましたね。

 何を考えていたのか、次でもう少し掘り下げて考えてみました。

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 作文・小論文、ひいてはいろいろな場合の、文章作成など、文章に関わる上で、問題になることをいろいろ考えていきます。

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